2010年2月23日火曜日

知財高裁 平成 20年 (行ケ) 10483号 審決取消請求事件

化合物の発明について、補正後の請求項に係る発明は実施可能要件、サポート要件違反として補正却下した審決の判断を支持した上で、補正前の発明は先願明細書に記載の発明と同一ではないとして29条の2の拒絶審決を取り消した事例です。
先願明細書に化学物質の発明が記載されていたというためには、その有用性を当業者が認識できるような試験結果の記載が必要であるとしています。

『2 取消事由2について
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(1) 審決は,本件補正によって実施例の化合物がクレームから除かれた結果,発明の詳細な説明には,本願補正発明の化合物につき具体的に製造した旨の記載はなく,その発光特性,発光の寿命,保存安定性について確認した旨の記載もないから,実施可能要件を満たさず,同様に,クレームの記載もサポート要件を満たさないとして,本件補正を却下した。
 原告は上記の本件補正却下につき争っているところ,特許法(現行法)36条4項1号,6項1号所定の実施可能要件,サポート要件等の具備は,特許権の発生要件であるから,出願人が立証責任を負うというべきである(これに反する原告の主張は採用できない。)。
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 しかし,本件で提出された全証拠を精査してもなお,「本願補正発明における化合物の有機EL素子としての機能・性質に関し,『A』の部分(中心部)は重要ではなく周辺部分こそが重要である」,「『A』の部分が,本願明細書における実施例のものと異なる構造のものであっても,有機EL素子として実施例のものと同様の性質を有する」旨の原告の主張を裏付ける事実は認めることができない。逆に,前記1(3) キないしケからすれば,本願補正発明における化合物の有機EL素子としての性質(耐久性,融点)は,「A」の部分の構造により相当程度影響を受けるものと理解するのが相当である。
 したがって,本件補正により実施例の化合物がクレームから除かれた結果,本願補正発明の化合物(「A」の部分につき実施例とは異なる構造を有するもの)の発光特性,発光の寿命,保存安定性等の有機EL素子としての有用性につき,発明の詳細な説明には記載がないことになるから,サポート要件を満たさないものというべきである。
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3 取消事由1について
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 いわゆる化学物質の発明は,新規で,有用,すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質が存するから,その成立性が肯定されるためには,化学物質そのものが確認され,製造できるだけでは足りず,その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。そして,化学物質の発明の成立のために必要な有用性があるというためには,用途発明で必要とされるような用途についての厳密な有用性が証明されることまでは必要としないが,一般に化学物質の発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり,試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識しているところである。したがって,化学物質の発明の有用性を知るには,実際に試験を行い,その試験結果から,当業者にその有用性が認識できることを必要とする。
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 「先願発明」の化合物については,先願明細書等の【化5】,【化16】で示された一般式に,抽象的には包含されるとしても,先願明細書等において,その構造につき具体的に記載されてはいない。
 そして,上記【化5】【化16】に関しては,複数の化合物の組み合わせを表現したものにすぎず,ある化合物が明細書等において開示されているというためには,たとえ表の中であっても,具体的な構造(「先願発明」の化合物に関しては,メチル基を置換基として有する具体的構造)が特定して開示される必要があるというべきである。
 なお,被告は,「同族列に所属する一連の化合物は,化学的性質が極めてよく似ていて,すべての化合物に共通の官能基に基づく同一の反応を示すから,化合物No.II-10 と『先願発明』の化合物も実質的に同視できる」旨主張するとともに,特許公報(乙4,5)の記載により,上記主張を補強している。
 しかし,前記1(3) ウのとおり,化学大辞典(乙3)において,同族列として脂和脂肪酸のギ酸,酢酸などを例示しているが,これらの分子量の小さな化合物相互の関係と,本件での化合物No.II-10 と「先願発明」化合物のような分子量の大きな化合物相互の関係について,同一に扱ってよいかは不明というべきである。
 また,前記1(3) エ,オからすれば,乙4,5で開示された,それぞれ同族列の関係にある各化合物の化学的性質(有機EL素子としての性質を含む。)が類似していることが認められるが,これが直ちに,化合物No.II-10 と「先願発明」化合物の関係にも適用できるか明らかではない上,特許法29条2項の進歩性を判断する場合であれば格別,同法29条の2第1項により先願発明との同一性を判断するに当たっては,化合物双方が同族列の関係にあることをもって,一方の化合物の記載により他方の化合物が「記載されているに等しい」と解するのは相当ではない(前述のとおり,一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり,試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識するところであるからである。)。
・・・前述のとおり,特許法29条の2第1項による先願発明との同一性の判断は,同法29条2項の進歩性の判断とは異なるから,上記のような「公知技術」を安易に参酌して先願明細書等の記載を補充するのは相当ではなく,メチル基の有無を捨象して化合物No.II-10 と「先願発明」化合物を同視し,「先願発明」化合物が先願明細書等に実質的に記載されていたとみることは相当ではない。
平成21年11月11日判決言渡

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