バイオ系で実施可能要件に関する判断が示された事例です。
『取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
(1)本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断の誤り
ア原告は,旧特許法36条3項所定の実施可能要件の判断に当たり,本願発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(本件では抗体)が生産及び使用をすることができるように本願明細書に記載されていることで足りると解すべきであるにもかかわらず,審決が「網羅的」に得ることが必要であるとした点には,誤りがあると主張する。旧特許法36条3項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する。特許権は,公開することの代償として,物の発明であれば,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利を専有することができる制度であることに照らすならば,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」の全体について実施できる程度に記載されていなければならないのは当然であって,「その物」の一部についてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。したがって,原告の上記主張はその前提において失当である。
イ原告は,バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべての実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反し,著しく不合理であると主張する。確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明において,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載されていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する形式での記載が許容される場合がある。新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容されなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべきであるといえよう。しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載については,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと解すべきことを意味するものではない。すなわち,特許請求の範囲に,新規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合において,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないというべきである。本件では,特許請求の範囲の記載は,本願発明に係る抗体を得るためのポリペプチドのアミノ酸配列数が,わずかに「少なくとも8個」であり,かつ,同配列中の「1個または数個のアミノ酸が欠失,挿入または置換」を含めたものとされているが,発明の詳細な説明には,そのようなわずかな配列数で特定されたポリペプチドを基礎として,これと同様の活性を有するポリペプチドを得るための改変を含む態様が,当業者にとって,容易に実施できる程度に開示されているとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 』
判決言渡日:2009年9月2日
(H.O)
2009年9月29日火曜日
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