数値限定はその技術的意義が認められないから設計事項であり、用途限定はその用途に格別な意義はないから容易想到であるとして、進歩性が否定された事例です。
『本願明細書の発明の詳細な説明には,乾燥工程についての記載が上記認定の部分以外にはないところ,上記記載からは,せいぜい「乾燥を行った後」で「篩い分けを行って粒径を調整」することや,「粒径が外れたものを再度スラリー化」して「収率を向上させる」こととの関連がうかがえるにすぎない。しかし,本願発明は,発明特定事項として,篩い分け工程や再度スラリー化する工程を有していないのであるから,粒径の調整や収率の向上といった課題の解決を図るためのものとか,上記目的を達成するためのものなどということはできない。しかも,本願明細書の上記記載からは,「80℃~150℃」という数値範囲の意義を理解することはできない。そうすると,本願明細書の記載自体からは,本願発明が「80℃~150℃で乾燥」する構成を有することの意義を,理解することができない。
・・・
そして,本願発明が乾燥温度を「80℃~150℃」と特定することに格別の意義を認められないのは上記のとおりであるから,当業者が引用発明1についてその乾燥温度を所望の温度すなわち80℃~150℃に設定することは単なる設計事項にすぎないといわざるを得ない。
・・・
原告は,引用例1と引用例2における,吸着目的,吸着対象及び吸着メカニズムの違いを主張して,両者の組合せに動機付けがないと主張する。
しかしながら,引用発明1の製造方法によって得られる多孔性リン酸化合物粒子集合体はヒドロキシアパタイトを包含するところ,ヒドロキシアパタイトという物質が広い用途で適用できる汎用性を有するものであって,引用発明2等で示されるように,その用途を浄水器用吸着材とすることは当業者にとって格別困難なく想到し得るものである。
そして、本願発明の用途に格別の意義はないから,引用発明1と引用発明2との間に原告が主張するような吸着目的等の違いがあるとしても,引用発明1の方法によって得られる製造物であるヒドロキシアパタイトの用途について着目するとき,そのような違いは,当業者が,同じ製造物の用途について開示する引用発明2の技術思想を採用することの阻害要因とはならない。』
平成21年11月5日判決言渡
(H.O)
2010年2月18日木曜日
知財高裁 平成 20年 (行ケ) 10297号 審決取消請求事件
後知恵の混入を排除すべきとして、進歩性ありと判断された事例です。
『本件発明1の「REDIRECTコマンド」がクライアントにおいて情報ページを自動的に表示させるためのコマンドであって,ディレクトリサーバーによって行われるものであるのに対して,引用発明の「リダイレクト」は,ローカルエリア・ネットワーク内のサーバーに対する「インターネットの至る所」からのクライアントによるアクセスを確立する方法であって,このようなクライアントに対してローカルエリア・ネットワーク内で唯一のホストとなるフラグシップ・ホストによって行われるものであるということができる。
そして,一貫してインターネットにおけるアクセスを念頭に置く本件発明1は,ローカルエリア・ネットワーク内のサーバーとのアクセスを実現するためのフラグシップ・ホストに相当するサーバーの存在及びその機能としての「リダイレクト」によって,その技術的課題を解決しようとするものではないのであり,本件発明1の存在を知らない当業者がこのような引用例の記載に接したとしても,フラグシップ・ホストを必要としないインターネットのアクセス方法において,このような「リダイレクト」の構成を採用して,本件発明1のディレクトリサーバーによる「REDIRECTコマンド」に係る構成とするように動機付けられるということはできないし,引用例において,フラグシップ・ホストの機能から離れて「リダイレクト」の機能を採用しようと動機付ける記載も存在しない。そして,仮に,引用例に開示された事項についての技術的意義を離れて,「リダイレクト」という用語の抽象的な意義のみに基づいて本件発明1の「REDIRECTコマンド」と対比することを前提とするならば,排除されるべき「後知恵」の混入を避けることはできないといわなければならない。』
平成21年11月5日判決言渡
(H.O)
『本件発明1の「REDIRECTコマンド」がクライアントにおいて情報ページを自動的に表示させるためのコマンドであって,ディレクトリサーバーによって行われるものであるのに対して,引用発明の「リダイレクト」は,ローカルエリア・ネットワーク内のサーバーに対する「インターネットの至る所」からのクライアントによるアクセスを確立する方法であって,このようなクライアントに対してローカルエリア・ネットワーク内で唯一のホストとなるフラグシップ・ホストによって行われるものであるということができる。
そして,一貫してインターネットにおけるアクセスを念頭に置く本件発明1は,ローカルエリア・ネットワーク内のサーバーとのアクセスを実現するためのフラグシップ・ホストに相当するサーバーの存在及びその機能としての「リダイレクト」によって,その技術的課題を解決しようとするものではないのであり,本件発明1の存在を知らない当業者がこのような引用例の記載に接したとしても,フラグシップ・ホストを必要としないインターネットのアクセス方法において,このような「リダイレクト」の構成を採用して,本件発明1のディレクトリサーバーによる「REDIRECTコマンド」に係る構成とするように動機付けられるということはできないし,引用例において,フラグシップ・ホストの機能から離れて「リダイレクト」の機能を採用しようと動機付ける記載も存在しない。そして,仮に,引用例に開示された事項についての技術的意義を離れて,「リダイレクト」という用語の抽象的な意義のみに基づいて本件発明1の「REDIRECTコマンド」と対比することを前提とするならば,排除されるべき「後知恵」の混入を避けることはできないといわなければならない。』
平成21年11月5日判決言渡
(H.O)
2009年12月24日木曜日
知財高裁 平成 20年 (行ケ) 10486号 審決取消請求事件
米国における臨床試験の一部が、延長登録期間(特許発明を実施することができない期間)に該当しないと判断された事例です。「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」が、臨床試験を実施することが治験計画届や治験を実施する医療機関との契約書等により客観的に明確になった日であることも示されました。
『「特許発明の実施をすることができない期間」該当性に関する判断
ア 以上の事実によれば,①米国の効能追加承認においては米国初回臨床試験の10症例の成績のみでレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加承認がされており,本件米国臨床試験は必要とされなかったのであるから,その後に申請される日本での同様のレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加承認においても,米国初回臨床試験のデータのみがあれば足り,本件米国臨床試験は必ずしも必要とはされなかったであろうと合理的に推認することができ,②本剤と同じフルオロキノロン系薬の1つであるメシル酸パズフロキサシンのレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加に関する上記審査において,本件承認申請と極めて類似した状況の下で効能追加の承認がされたことからすると,メシル酸パズフロキサシンの6症例を上回る10症例に係る臨床試験データを有する米国初回臨床試験があれば,本件米国臨床試験データがなくとも,日本での本剤の効能追加の承認がされたであろうと合理的に推認することができる。
この点について,原告は,メシル酸パズフロキサシン(甲10)は,経口剤よりも即効性の高いレジオネラ肺炎に対する国内唯一の注射剤であって,致命的な疾患であるレジオネラ肺炎について医療上の緊急性から極めて例外的に承認されたにすぎず,既にレジオネラ肺炎に対する効能が承認済みの他の経口抗菌剤が存在する状況の下では,経口剤である本剤の承認申請については,メシル酸パズフロキサシンと同様の審査がされて承認されたであろうとはいえない旨主張する。しかし,致命的な疾患であるレジオネラ肺炎を適応とする点では本剤もメシル酸パズフロキサシンも同じであるから,原告の上記主張は前記の合理的推認を覆すに足りない。
イ したがって,本件延長登録がされた期間4年11月7日のうち,本件米国臨床試験に係る期間1年8月23日は,特許法67条2項にいう「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間」には該当しない。これと同旨の審決の判断には誤りはなく,この点に関する原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(日本の承認に向けた活動再開日から本件国内臨床薬理試験開始日までの期間を延長期間に算入しなかった誤り)について
・・・
(2) また,原告は,実際の治験計画届の提出前には,医薬当局と新たな臨床試験が必要かどうか,どのような枠組みで承認申請をするかなどの協議をしたり,臨床試験を実施してくれる医師を探して依頼したりする作業期間が必要であり,これらの準備作業をした平成14年12月19日以降の期間は,実質的にみても,「政令に定めるものを受けることが必要であるため,その特許発明の実施をすることができない期間」の起算日(承認を受けるのに必要な試験を開始した日)に該当するというべきである旨主張する。
しかし,原告の上記主張も理由がない。すなわち,準備がいつどのように開始され,継続されるのかは第三者にとって必ずしも明確ではない。したがって,仮に,不明確な準備作業の開始日をもって「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日第二小法廷判決参照)に該当するとするならば,延長登録期間の客観的な確定を困難にさせ,予見可能性を担保することができなくなる。したがって,臨床試験を実施することが治験計画届や治験を実施する医療機関との契約書等により客観的に明確になった日をもって,「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」であるとして,「政令に定めるものを受けることが必要であるため,その特許発明の実施をすることができない期間」の進行が開始するものとするのが相当である。』
判決言渡日:2009年10月28日
(H.O)
『「特許発明の実施をすることができない期間」該当性に関する判断
ア 以上の事実によれば,①米国の効能追加承認においては米国初回臨床試験の10症例の成績のみでレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加承認がされており,本件米国臨床試験は必要とされなかったのであるから,その後に申請される日本での同様のレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加承認においても,米国初回臨床試験のデータのみがあれば足り,本件米国臨床試験は必ずしも必要とはされなかったであろうと合理的に推認することができ,②本剤と同じフルオロキノロン系薬の1つであるメシル酸パズフロキサシンのレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加に関する上記審査において,本件承認申請と極めて類似した状況の下で効能追加の承認がされたことからすると,メシル酸パズフロキサシンの6症例を上回る10症例に係る臨床試験データを有する米国初回臨床試験があれば,本件米国臨床試験データがなくとも,日本での本剤の効能追加の承認がされたであろうと合理的に推認することができる。
この点について,原告は,メシル酸パズフロキサシン(甲10)は,経口剤よりも即効性の高いレジオネラ肺炎に対する国内唯一の注射剤であって,致命的な疾患であるレジオネラ肺炎について医療上の緊急性から極めて例外的に承認されたにすぎず,既にレジオネラ肺炎に対する効能が承認済みの他の経口抗菌剤が存在する状況の下では,経口剤である本剤の承認申請については,メシル酸パズフロキサシンと同様の審査がされて承認されたであろうとはいえない旨主張する。しかし,致命的な疾患であるレジオネラ肺炎を適応とする点では本剤もメシル酸パズフロキサシンも同じであるから,原告の上記主張は前記の合理的推認を覆すに足りない。
イ したがって,本件延長登録がされた期間4年11月7日のうち,本件米国臨床試験に係る期間1年8月23日は,特許法67条2項にいう「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間」には該当しない。これと同旨の審決の判断には誤りはなく,この点に関する原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(日本の承認に向けた活動再開日から本件国内臨床薬理試験開始日までの期間を延長期間に算入しなかった誤り)について
・・・
(2) また,原告は,実際の治験計画届の提出前には,医薬当局と新たな臨床試験が必要かどうか,どのような枠組みで承認申請をするかなどの協議をしたり,臨床試験を実施してくれる医師を探して依頼したりする作業期間が必要であり,これらの準備作業をした平成14年12月19日以降の期間は,実質的にみても,「政令に定めるものを受けることが必要であるため,その特許発明の実施をすることができない期間」の起算日(承認を受けるのに必要な試験を開始した日)に該当するというべきである旨主張する。
しかし,原告の上記主張も理由がない。すなわち,準備がいつどのように開始され,継続されるのかは第三者にとって必ずしも明確ではない。したがって,仮に,不明確な準備作業の開始日をもって「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日第二小法廷判決参照)に該当するとするならば,延長登録期間の客観的な確定を困難にさせ,予見可能性を担保することができなくなる。したがって,臨床試験を実施することが治験計画届や治験を実施する医療機関との契約書等により客観的に明確になった日をもって,「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」であるとして,「政令に定めるものを受けることが必要であるため,その特許発明の実施をすることができない期間」の進行が開始するものとするのが相当である。』
判決言渡日:2009年10月28日
(H.O)
2009年12月9日水曜日
知財高裁 平成 20年 (行ケ) 10398号 審決取消請求事件
本件発明の課題が周知であったとは言えず、また、引用例には本願発明に想到することを動機付ける開示又は示唆もないから、進歩性無しとした審決が誤りであると判断された事例です。
『…
ウ したがって,本件各発明において,個々の化粧用パック材にWJ加工を施すことにより解決すべき主たる課題は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちの防止にあったということができる。
エ そして,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちを防止することが,本件出願当時の当業者にとって自明又は周知の課題であったと認めるに足りる証拠はなく,かえって,被告が,化粧用コットンはコットン繊維を積層したものであるため層の境界から容易に剥離することのできるものであると主張するところ(取消事由2に係る主張(3)ア)に照らすと,本件出願当時の当業者は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちを防止することを解決課題として認識していなかったものと認めるのが相当である。
…
イ 上記引用例の記載によると,WJ加工は,ふっくらと仕上げられ,内部に空気を含んでかさ張った状態となる単位コットンを圧縮包装するとの構成を採用した発明において,単位コットンをふっくらとした,毛羽立ちが少なく,肌に優しい状態のものに仕上げるための手法の一例として挙げられているにすぎず,その他,引用例には,積層構造体として形成された単位コットンから各層を剥離した際に生じる毛羽立ちを防止するため,各層にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆はない。
また,上記甲7刊行物の記載によると,WJ加工は,綿体の繊維離脱を防止するために綿体を2枚の不織布で挟むとの構成を採用した考案において,パッティングに使用する側の不織布につき,その繊維を絡み合わせて成型し,湿潤時における強度を上げるなどするための手法の一例として挙げられているにすぎず,その他,甲7刊行物には,パッティング材からシート部材を剥離した際に生じる毛羽立ちを防止するため,各シート部材にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆はない。
さらに,上記甲11公報の記載によると,同実用新案登録出願に係る考案は,従来の化粧綿(繊維残りを解消するため繊維ウェブ(内層)に不織布(表面材)を重ね合わせて一体化した上,柔軟性を付与するため不織布(表面材)にWJ加工を施したもの)がなお有する課題(形崩れを起こすこと又は柔軟性が不十分で触感に優れないこと)を解決することを目的とし,形崩れが少なく,かつ,柔軟で肌触りの良い化粧綿とするため,所定の量の疎水性繊維を混抄したレーヨン短繊維スパンボンド不織布(表面材)に高圧水を噴射するとの加工を施すというものにすぎず,その他,甲11公報には,化粧綿からシート部材を剥離した際に生じる毛羽立ちを防止するため,各シート部材にWJ加工ないし高圧水を噴射するとの加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆はない。
ウ そして,その他,本件全証拠によっても,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各シート部材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆のある刊行物(本件出願前に頒布されたもの)が存在するものと認めることはできない。
…
上記(1)及び(2)のとおり,化粧用パック材にWJ加工を施すとの本件各発明の構成は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちの防止を主たる解決課題として採用されたものであるところ,同課題が本件出願当時の当業者にとっての自明又は周知の課題であったということはできず,また,引用例を含め,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各シート部材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆のある刊行物(本件出願前に頒布されたもの)は存在しないのであるから,仮に,本件審決が判断したとおり,引用発明に周知事項1及び2を適用して各層(化粧用シート部材)の側縁部近傍を圧着手段により剥離可能に接合するとともに,各層を化粧用パック材として使用することが,本件出願当時の当業者において容易になし得ることであったとしても,また,引用発明の単位コットン(化粧用パッティング材)がWJ加工を施したものであることを考慮しても,これらから当然に,各層を1枚ごとに剥離可能としてパック材として使用する際にその使用形態に合わせて各層にWJ加工を施すことについてまで,本件出願当時の当業者において必要に応じ適宜なし得ることであったということはできず,その他,引用発明の各層にWJ加工を施すことが本件出願当時の当業者において必要に応じ適宜なし得たものと認めるに足りる証拠はないから,相違点1に係る各構成のうち化粧用パック材にWJ加工を施すとの構成についての本件審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。』
判決言渡日:2009年10月22日
(H.O)
『…
ウ したがって,本件各発明において,個々の化粧用パック材にWJ加工を施すことにより解決すべき主たる課題は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちの防止にあったということができる。
エ そして,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちを防止することが,本件出願当時の当業者にとって自明又は周知の課題であったと認めるに足りる証拠はなく,かえって,被告が,化粧用コットンはコットン繊維を積層したものであるため層の境界から容易に剥離することのできるものであると主張するところ(取消事由2に係る主張(3)ア)に照らすと,本件出願当時の当業者は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちを防止することを解決課題として認識していなかったものと認めるのが相当である。
…
イ 上記引用例の記載によると,WJ加工は,ふっくらと仕上げられ,内部に空気を含んでかさ張った状態となる単位コットンを圧縮包装するとの構成を採用した発明において,単位コットンをふっくらとした,毛羽立ちが少なく,肌に優しい状態のものに仕上げるための手法の一例として挙げられているにすぎず,その他,引用例には,積層構造体として形成された単位コットンから各層を剥離した際に生じる毛羽立ちを防止するため,各層にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆はない。
また,上記甲7刊行物の記載によると,WJ加工は,綿体の繊維離脱を防止するために綿体を2枚の不織布で挟むとの構成を採用した考案において,パッティングに使用する側の不織布につき,その繊維を絡み合わせて成型し,湿潤時における強度を上げるなどするための手法の一例として挙げられているにすぎず,その他,甲7刊行物には,パッティング材からシート部材を剥離した際に生じる毛羽立ちを防止するため,各シート部材にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆はない。
さらに,上記甲11公報の記載によると,同実用新案登録出願に係る考案は,従来の化粧綿(繊維残りを解消するため繊維ウェブ(内層)に不織布(表面材)を重ね合わせて一体化した上,柔軟性を付与するため不織布(表面材)にWJ加工を施したもの)がなお有する課題(形崩れを起こすこと又は柔軟性が不十分で触感に優れないこと)を解決することを目的とし,形崩れが少なく,かつ,柔軟で肌触りの良い化粧綿とするため,所定の量の疎水性繊維を混抄したレーヨン短繊維スパンボンド不織布(表面材)に高圧水を噴射するとの加工を施すというものにすぎず,その他,甲11公報には,化粧綿からシート部材を剥離した際に生じる毛羽立ちを防止するため,各シート部材にWJ加工ないし高圧水を噴射するとの加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆はない。
ウ そして,その他,本件全証拠によっても,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各シート部材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆のある刊行物(本件出願前に頒布されたもの)が存在するものと認めることはできない。
…
上記(1)及び(2)のとおり,化粧用パック材にWJ加工を施すとの本件各発明の構成は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちの防止を主たる解決課題として採用されたものであるところ,同課題が本件出願当時の当業者にとっての自明又は周知の課題であったということはできず,また,引用例を含め,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各シート部材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆のある刊行物(本件出願前に頒布されたもの)は存在しないのであるから,仮に,本件審決が判断したとおり,引用発明に周知事項1及び2を適用して各層(化粧用シート部材)の側縁部近傍を圧着手段により剥離可能に接合するとともに,各層を化粧用パック材として使用することが,本件出願当時の当業者において容易になし得ることであったとしても,また,引用発明の単位コットン(化粧用パッティング材)がWJ加工を施したものであることを考慮しても,これらから当然に,各層を1枚ごとに剥離可能としてパック材として使用する際にその使用形態に合わせて各層にWJ加工を施すことについてまで,本件出願当時の当業者において必要に応じ適宜なし得ることであったということはできず,その他,引用発明の各層にWJ加工を施すことが本件出願当時の当業者において必要に応じ適宜なし得たものと認めるに足りる証拠はないから,相違点1に係る各構成のうち化粧用パック材にWJ加工を施すとの構成についての本件審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。』
判決言渡日:2009年10月22日
(H.O)
知財高裁 平成 21年 (行ケ) 10012号 審決取消請求事件
進歩性の判断に関して、同一の技術分野における同様の課題を解決するものであるから、引用発明の組み合わせに想到することが容易とした事例です。
『また,原告は,前記第3の4(1) のとおり,引用例2に記載された発明は,バックロックタイプとは動作及び作用が全く異なるフロントロックタイプのコネクタであり,バックロックタイプの引用発明にフロントロックタイプの引用例2の技術的事項を適用することは当業者が容易に想到し得たものではないとも主張する。
しかしながら,まず,上記(2) で認定したとおり,引用発明及び引用例2に記載された発明はいずれもコンタクトを有するコネクタという同一の技術分野に属する発明であるところ,前記1(1) の記載から明らかなとおり,本願補正発明は,「フロントロックタイプのコネクタ」の低背位化という課題を解決するために,「バックロックタイプのコネクタ」を採用したものであり,押受部の先端に突出部を設け,スライダーには突出部と係合する係止孔を別個独立に設けることによって,低背位化と同時にスライダーの中央部の膨れを防止することができる発明である。また,前記1(2) の記載から明らかなとおり,引用発明は,「フロントロックタイプのコネクタ」の高さを低くし小型化するという課題を解決するために,「バックロックタイプのコネクタ」を採用したものである。一方,前記(1) の記載から明らかなとおり,引用例2に記載された発明は,「フロントロックタイプのコネクタ」の低背位化を達成するという課題を解決するために,「フロントロックタイプ」のコネクタにおいて,押受部の先端に突出部を設け,突出部と係合する係止孔を別個独立に設けることについての発明であり,引用例2に記載された発明では,そのようにすることによって,本願補正発明や引用発明と共通する課題である低背位化とともに蓋部材7の撓みを防止するものである。
このように,「フロントロックタイプのコネクタ」と「バックロックタイプのコネクタ」とは,コンタクトを有するコネクタという同一の技術分野における,同様の課題解決手段の選択の相違にすぎないというべきであるから,バックロックタイプの引用発明にフロントロックタイプの引用例2に記載された技術的事項を適用することに阻害要因はないというべきである。したがって,「フロントロックタイプのコネクタ」と「バックロックタイプのコネクタ」の相違を過大視して,当業者が容易に想到し得たものではないとの原告の主張は採用することができない。』
判決言渡日:2009年10月21日
(H.O)
『また,原告は,前記第3の4(1) のとおり,引用例2に記載された発明は,バックロックタイプとは動作及び作用が全く異なるフロントロックタイプのコネクタであり,バックロックタイプの引用発明にフロントロックタイプの引用例2の技術的事項を適用することは当業者が容易に想到し得たものではないとも主張する。
しかしながら,まず,上記(2) で認定したとおり,引用発明及び引用例2に記載された発明はいずれもコンタクトを有するコネクタという同一の技術分野に属する発明であるところ,前記1(1) の記載から明らかなとおり,本願補正発明は,「フロントロックタイプのコネクタ」の低背位化という課題を解決するために,「バックロックタイプのコネクタ」を採用したものであり,押受部の先端に突出部を設け,スライダーには突出部と係合する係止孔を別個独立に設けることによって,低背位化と同時にスライダーの中央部の膨れを防止することができる発明である。また,前記1(2) の記載から明らかなとおり,引用発明は,「フロントロックタイプのコネクタ」の高さを低くし小型化するという課題を解決するために,「バックロックタイプのコネクタ」を採用したものである。一方,前記(1) の記載から明らかなとおり,引用例2に記載された発明は,「フロントロックタイプのコネクタ」の低背位化を達成するという課題を解決するために,「フロントロックタイプ」のコネクタにおいて,押受部の先端に突出部を設け,突出部と係合する係止孔を別個独立に設けることについての発明であり,引用例2に記載された発明では,そのようにすることによって,本願補正発明や引用発明と共通する課題である低背位化とともに蓋部材7の撓みを防止するものである。
このように,「フロントロックタイプのコネクタ」と「バックロックタイプのコネクタ」とは,コンタクトを有するコネクタという同一の技術分野における,同様の課題解決手段の選択の相違にすぎないというべきであるから,バックロックタイプの引用発明にフロントロックタイプの引用例2に記載された技術的事項を適用することに阻害要因はないというべきである。したがって,「フロントロックタイプのコネクタ」と「バックロックタイプのコネクタ」の相違を過大視して,当業者が容易に想到し得たものではないとの原告の主張は採用することができない。』
判決言渡日:2009年10月21日
(H.O)
2009年11月13日金曜日
平成 21年 (行ケ) 10130号 審決取消請求事件
「無機接着剤」を用いた塗料の発明に関して、明確性、実施可能要件が争われた事例。
本件発明における「無機接着剤」の位置づけ、及び技術常識を考慮して、明確性、実施可能要件が満たされると判断された。
知財高裁 判決言渡日:2009年10月13日
『原告は,本件明細書の特許請求の範囲に記載されている「無機接着剤」との文言が不明確であり,本件発明が明確であるとはいえないと主張するので,まず,この点について検討する。・・・
本件明細書の記載によると,本件発明は工業加熱炉の炉内の放射伝熱を高める塗料及びコーティング材に関する発明であり,塗料及びコーティング材の記載として酸化チタン又は還元酸化チタンを使用することによって,従来の塗料及びコーティング材に欠けていた物性を備えるとともに,放射熱エネルギーを著しく増大させるという効果をもたらし,副次的にガス排気口における排ガス温度が著しく低下するという効果をもたらすというものである。また,同記載によると,本件発明において,無機接着剤は,本件発明に係る工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料を製造する際に配合されるものとして,本件発明を特定する事項の一つとなっているが,炉壁表面の塗膜・コーティング膜の成膜作業を溶射法により行う場合には,その配合を必要としないものであり,本件発明の課題を解決するための手段として必須のものではなく,その種類によって本件発明の作用効果に大きな影響を与えるものとして規定されているものでもないと認められる。
・・・また,上記(2)の文献の記載によると,無機質の接着材料としての無機系接着剤としては,金属,ガラス,セメント,ケイ酸塩,リン酸塩などがあり,有機高分子系接着剤に比べて,耐熱性が高いものであり,このような無機質の接着材料のうち,金属やガラスは気密性に優れているが,接着時にそれぞれの融点や軟化点以上に加熱することが必要であり,また接着部分の耐熱性は接着時の温度を上まわることはないという欠点を有しているため,窯業などではそれ以外の「無機接着剤」が使用されるいうのであって,その使用に当たっては,求められる特性や使用条件を考慮して,市販の無機接着剤から選定し,調整するものであることが認められる。
・・・窯業等の耐熱性を要する場面での利用を前提とする無機接着剤についての当業者の技術常識を踏まえ,本件発明における無機接着剤の位置付けに照らすと,上記の技術常識に基づいて当業者が認識し得る程度を超えて「無機接着剤」を特定する必要はないということができるから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載における「無機接着剤」との文言の意味するところは,その限度において明確であって,明確性の要件を満たしているというべきである。
・・・原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすかどうかを判断するためには,還元酸化チタン等の従来工業炉内壁コーティング用塗料に使用された実績のない新規な材料を原料とする塗料製造の技術分野において,本件特許出願に係る優先権主張日当時の当業者の技術常識が確立されているか否かについて慎重な検討を行う必要があると主張する。しかしながら,上記2(3)で説示したところに照らすと,当業者は,本件発明の実施に当たって,高温に曝される工業炉の内壁材に求められる物性を考慮して配合する無機接着剤を選定し,成膜作業に適するように調整するにすぎないと認められ,本件全証拠に照らしても,塗料の基材として酸化チタン又は還元酸化チタンを使用することに伴って,配合される無機接着剤についての従来の選定方法や調製方法が大きく変更されるべきものとまで認めることはできない。もっとも,塗料の基材として酸化チタン又は還元酸化チタンを用いる場合とそれ以外の場合において,他の条件が全く同様である場合に,配合される無機接着剤の選定や調整に違いがあり得るとしても,上記2(3)のとおり,工業加熱炉の炉壁表面の塗膜・コーティング膜を形成するための塗料に配合される無機接着剤については,高温に曝される工業炉の内壁材に求められる物性を考慮して選定され,成膜作業に適するように調整されることが当業者の技術常識であると認められる以上,上記のような違いは,当業者による選定及び調整によって対応される範囲内の事柄であるというべきであり,それによって本件発明の実施をすることができないというものではない。』
(H.O)
本件発明における「無機接着剤」の位置づけ、及び技術常識を考慮して、明確性、実施可能要件が満たされると判断された。
知財高裁 判決言渡日:2009年10月13日
『原告は,本件明細書の特許請求の範囲に記載されている「無機接着剤」との文言が不明確であり,本件発明が明確であるとはいえないと主張するので,まず,この点について検討する。・・・
本件明細書の記載によると,本件発明は工業加熱炉の炉内の放射伝熱を高める塗料及びコーティング材に関する発明であり,塗料及びコーティング材の記載として酸化チタン又は還元酸化チタンを使用することによって,従来の塗料及びコーティング材に欠けていた物性を備えるとともに,放射熱エネルギーを著しく増大させるという効果をもたらし,副次的にガス排気口における排ガス温度が著しく低下するという効果をもたらすというものである。また,同記載によると,本件発明において,無機接着剤は,本件発明に係る工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料を製造する際に配合されるものとして,本件発明を特定する事項の一つとなっているが,炉壁表面の塗膜・コーティング膜の成膜作業を溶射法により行う場合には,その配合を必要としないものであり,本件発明の課題を解決するための手段として必須のものではなく,その種類によって本件発明の作用効果に大きな影響を与えるものとして規定されているものでもないと認められる。
・・・また,上記(2)の文献の記載によると,無機質の接着材料としての無機系接着剤としては,金属,ガラス,セメント,ケイ酸塩,リン酸塩などがあり,有機高分子系接着剤に比べて,耐熱性が高いものであり,このような無機質の接着材料のうち,金属やガラスは気密性に優れているが,接着時にそれぞれの融点や軟化点以上に加熱することが必要であり,また接着部分の耐熱性は接着時の温度を上まわることはないという欠点を有しているため,窯業などではそれ以外の「無機接着剤」が使用されるいうのであって,その使用に当たっては,求められる特性や使用条件を考慮して,市販の無機接着剤から選定し,調整するものであることが認められる。
・・・窯業等の耐熱性を要する場面での利用を前提とする無機接着剤についての当業者の技術常識を踏まえ,本件発明における無機接着剤の位置付けに照らすと,上記の技術常識に基づいて当業者が認識し得る程度を超えて「無機接着剤」を特定する必要はないということができるから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載における「無機接着剤」との文言の意味するところは,その限度において明確であって,明確性の要件を満たしているというべきである。
・・・原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすかどうかを判断するためには,還元酸化チタン等の従来工業炉内壁コーティング用塗料に使用された実績のない新規な材料を原料とする塗料製造の技術分野において,本件特許出願に係る優先権主張日当時の当業者の技術常識が確立されているか否かについて慎重な検討を行う必要があると主張する。しかしながら,上記2(3)で説示したところに照らすと,当業者は,本件発明の実施に当たって,高温に曝される工業炉の内壁材に求められる物性を考慮して配合する無機接着剤を選定し,成膜作業に適するように調整するにすぎないと認められ,本件全証拠に照らしても,塗料の基材として酸化チタン又は還元酸化チタンを使用することに伴って,配合される無機接着剤についての従来の選定方法や調製方法が大きく変更されるべきものとまで認めることはできない。もっとも,塗料の基材として酸化チタン又は還元酸化チタンを用いる場合とそれ以外の場合において,他の条件が全く同様である場合に,配合される無機接着剤の選定や調整に違いがあり得るとしても,上記2(3)のとおり,工業加熱炉の炉壁表面の塗膜・コーティング膜を形成するための塗料に配合される無機接着剤については,高温に曝される工業炉の内壁材に求められる物性を考慮して選定され,成膜作業に適するように調整されることが当業者の技術常識であると認められる以上,上記のような違いは,当業者による選定及び調整によって対応される範囲内の事柄であるというべきであり,それによって本件発明の実施をすることができないというものではない。』
(H.O)
2009年9月29日火曜日
平成 20年 (行ケ) 10272号 審決取消請求事件
バイオ系で実施可能要件に関する判断が示された事例です。
『取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
(1)本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断の誤り
ア原告は,旧特許法36条3項所定の実施可能要件の判断に当たり,本願発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(本件では抗体)が生産及び使用をすることができるように本願明細書に記載されていることで足りると解すべきであるにもかかわらず,審決が「網羅的」に得ることが必要であるとした点には,誤りがあると主張する。旧特許法36条3項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する。特許権は,公開することの代償として,物の発明であれば,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利を専有することができる制度であることに照らすならば,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」の全体について実施できる程度に記載されていなければならないのは当然であって,「その物」の一部についてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。したがって,原告の上記主張はその前提において失当である。
イ原告は,バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべての実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反し,著しく不合理であると主張する。確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明において,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載されていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する形式での記載が許容される場合がある。新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容されなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべきであるといえよう。しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載については,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと解すべきことを意味するものではない。すなわち,特許請求の範囲に,新規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合において,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないというべきである。本件では,特許請求の範囲の記載は,本願発明に係る抗体を得るためのポリペプチドのアミノ酸配列数が,わずかに「少なくとも8個」であり,かつ,同配列中の「1個または数個のアミノ酸が欠失,挿入または置換」を含めたものとされているが,発明の詳細な説明には,そのようなわずかな配列数で特定されたポリペプチドを基礎として,これと同様の活性を有するポリペプチドを得るための改変を含む態様が,当業者にとって,容易に実施できる程度に開示されているとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 』
判決言渡日:2009年9月2日
(H.O)
『取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
(1)本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断の誤り
ア原告は,旧特許法36条3項所定の実施可能要件の判断に当たり,本願発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(本件では抗体)が生産及び使用をすることができるように本願明細書に記載されていることで足りると解すべきであるにもかかわらず,審決が「網羅的」に得ることが必要であるとした点には,誤りがあると主張する。旧特許法36条3項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する。特許権は,公開することの代償として,物の発明であれば,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利を専有することができる制度であることに照らすならば,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」の全体について実施できる程度に記載されていなければならないのは当然であって,「その物」の一部についてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。したがって,原告の上記主張はその前提において失当である。
イ原告は,バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべての実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反し,著しく不合理であると主張する。確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明において,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載されていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する形式での記載が許容される場合がある。新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容されなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべきであるといえよう。しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載については,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと解すべきことを意味するものではない。すなわち,特許請求の範囲に,新規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合において,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないというべきである。本件では,特許請求の範囲の記載は,本願発明に係る抗体を得るためのポリペプチドのアミノ酸配列数が,わずかに「少なくとも8個」であり,かつ,同配列中の「1個または数個のアミノ酸が欠失,挿入または置換」を含めたものとされているが,発明の詳細な説明には,そのようなわずかな配列数で特定されたポリペプチドを基礎として,これと同様の活性を有するポリペプチドを得るための改変を含む態様が,当業者にとって,容易に実施できる程度に開示されているとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 』
判決言渡日:2009年9月2日
(H.O)
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